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福島地方裁判所 昭和38年(ワ)82号 判決

原告 高沢ヒデ

被告 高沢梅子

主文

一、被告は、原告に対し別紙目録〈省略〉(一)記載の土地のために同地上にある別紙目録(二)記載の建物の玄関口から市道に通ずる別紙目録(三)記載の土地内に存する長さ約四間、巾約一間の通路につき、通行地役権の存することを確認する。

二、被告は、原告に対し、別紙目録(二)記載の建物の玄関前に設置された長さ約二間、高さ約一間のトタン塀を収去せよ。

三、訴訟費用は、被告の負担とする。

四、この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二、三項同旨の判決並びに主文第二項につき担保を条件とする仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一、原被告の亡父常知は、別紙目録(三)記載(以下「A地」という。)の宅地を、また原被告の亡母クメは、同目録(一)記載の宅地(以下「B地」という。)をそれぞれ所有していたところ、右A、B二筆の宅地は地続きであつて、B地から市道に達するには、A地内を通行し、かつA地内の建物のために設けられた門を通じてのみ可能であつたので、昭和九年前記亡クメが、前記B地上に、別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を建てた際、亡常知は、右建物から市道に達するための通行は、公道に面してA地内に設置してある門を利用すること及びそのため主文第一項記載の通路(別紙略図斜線の部分。以下「本件通路」という。)の開設を許容した。すなわち、亡常知及び亡クメ間に、右常知がB地のためにA地内の本件通路を通行の便益に供する通行地役権を設定する旨の合意が成立したものである。

しかして、原告は、昭和一三年三月一七日亡母クメからB地及びその地上の本件建物を譲り受け、その所有権を取得したので、原告は、これに随伴してB地のために存する右通行地役権を承継取得した。

一方、A地は、昭和一二年一〇月二八日亡常知の死亡により家督相続人である訴外高沢勝夫が相続し、昭和三三年六月二〇日被告が右勝夫から買い受けて所有者となつたので、被告は、同時に承役地の取得者として、原告の通行を認容すべき義務ないし地位を承継したものである。

二、かりにそりでないとしても、亡母クメは、昭和九年本件建物を建築した当時、過失なく本件通路を開設し、原告がB地を譲り受けた後も同様に本件通路の使用を継続したのであるから、本件通路の開設後一〇年を経過した昭和一九年末に、原告は、時効により通行地役権を取得したものである。

三、かりに、以上の通行地役権が認められないとしても、原告所有のB地は、被告所有のA地を通らないで公路に達しない袋地であるから、原告は、市道に至るため囲繞地たるA地に存する本件通路を通行する囲繞地通行権がある。

四、しかるに、被告は、本件建物玄関前の本件通路上に主文第二項掲記のトタン塀を設置して原告の通行を妨害している。

五、よつて、原告は、第一次的に通行地役権を、第二次的に民法上の囲繞地通行権を理由として、被告に対し、本件通路の通行権の確認と右通行権に基づき前記トタン塀による通行権の妨害の排除を求める。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、次のように述べた。

第一項の事実中、A地がもと原被告の亡父常知の、B地が亡母クメのそれぞれ所有地であつたこと、右AB両地が地続きであること、B地及びその地上に存する本件建物が現に原告の所有であること及び昭和一二年一〇月二八日原被告の亡父常知が死亡し、訴外高沢勝夫がその家督相続人であつたこと、昭和三三年六月二〇日右訴外人からA地を買い受けて所有者となつたことは認めるが、その余の事実は否認する。訴外亡父常知が同亡クメにA地の通行を許容したとしても、右両名は夫婦であつて、この利用関係は、権利義務の関係ではなく、夫婦間の情誼に基づく事実上のものにすぎない。かりに、これを何らかの法律上の利用関係とみるにしても、被告は、本件土地の買受けに際し、その地位を承継したことはなく、原告もその地底をもつて被告に対抗できる何らの理由もない。被告は、原告と姉妹であるから、原告の利用を人情的に認容していたのにすぎない。

第二項の事実は、すべて否認する。かりに通行地役権を時効取得したとしても、その登記がない以上、その後A地の所有権を取得した被告に対抗しえない。

第三項の事実中、B地が袋地であることは認めるが、その余の事実は否認する。B地から公路に達するには、A地以外の囲繞地を通行することによつても可能である。すなわちB地の南東側は、市所有地であつて、B地の囲繞地中最損害の少ない場所、方法である。

第四項中、被告が本件通路上にトタン塀を設置したことは認める。被告が右の所為に出たのは、原告が夫の勤務の都合で本件建物から盛岡市に転居した後、見ず知らずの借家人が被告所有のA地内を出入りするので、甚だ不用心であつたためであるし、又本件建物から市道に達するには、別に出入口があつたからである。

第五項は争う。

証拠〈省略〉

理由

本件A地がもと原被告の亡父常知の所有であり、本件B地がもと亡母クメの所有であつたことは当事者間に争がなく、原告本人尋問の結果によれば、A地内の本件通路は、昭和九年に亡母クメがB地内に本件建物を新築した際、市道に達する方法として開設されたものであること、及び証人高沢勝夫、原被告本人尋問の結果によれば右通路は、開設以来、原告が夫の勤務の都合で盛岡市に転居する昭和三五年八月ころまで使用されてきたものであることがそれぞれ認められ、右の認定に反する証拠はない。

そこで、本件通路が開設された昭和九年当時、原被告の亡父常知、亡母クメ間に通行地役権を設定する合意があつたかどうかについて考えてみる。ところで、当裁判所の検証の結果によれば、本件B地は、本件A地の南側に接し、公道に接する部分のない細長いほぼ三角型の宅地であつて、A、B両地の境界を示すような標識がなく、AB両地は、あたかも一筆の土地であるかのような外観を呈しており、又B地の南西側及び南東側は、岳陽中学校々庭に隣接し、かつB地は、同校々庭に対して高さ約二メートルの高台となつていることが認められ、又その境界をなす擁壁は、B地の自然の地形を改良して宅地とするため石積及びコンクリートをもつて構築されたものであることが推認できる。右の事実によればA、B両地は二筆の土地とはいえ、機能的には、もともと一体として利用される関係にあつたと認められるから、B地にとつては、A地上に公道への通路を開設しなければ、その効用を全うすることができないわけである(もつとも、B地南東側の崖には巾約三〇センチの石段の設備があることが認められるけれども、非常用階段としてはともかく、日常の通路に使用できる構造のものとは認め難い。)。更に前記検証の結果によれば、B地上の本件建物の玄関口は、その構造上、当初から本件通路及びA地上公道に接する部分に存する門(別紙略図参照)を利用しうるように設計されていることが認められるから、この事実と前記認定の本件AB両地の地形とを綜合すると、訴外亡常知は、亡クメの本件建物新築当時、A地上の本件通路の開設を当然許容していたものと認めるのが相当である。しかして、右のような合意に基つき訴外亡クメが本件通路について取得した権利の性質を考えると、前記B地の地形上、訴外亡常知にとつては、B地のために相隣関係に基つく囲繞地通行権を容認すべき立場にあつたといわざるをえないから、亡母クメの取得した権利を単なる債権的な使用権と解する余地はなく、物権たる通行地役権と解するのが相当である。被告は、訴外亡常知及びクメは夫婦であるから、右の利用関係は、夫婦間の情誼に基づく事実上の関係にすぎないというけれども、AB両地は、法律上の権利主体を異にするばかりでなく、土地所有者の個性を離れた二箇の土地所有権の利用調整のためになされた合意であることを考慮するときは、単に夫婦関係に基づく事実上の利用関係と目することは当を得ないものである。

しかして、原告本人尋問の結果によれば、原告が本件B地を訴外亡母クメから承継取得したことが認められる(右認定に反する証拠はない)ところ、原告は、B地の取得に随伴して、B地のために存する右の通行地役権を当然に承継取得したものというべきである。

一方、A地の所有者であつた訴外常知が昭和一二年一〇月二八日死亡し、訴外高沢勝夫がその家督相続人であつたこと、昭和三三年六月二〇日被告が訴外勝夫からA地を買い受け現に所有者であることは当事者間に争がない。ところで原告の取得した地役権につき被告は、その対抗力を否認する趣旨と解されるところ、原告の本件通行地役権の登記については、本件全立証によるもこれを認め難いから、物権法の原則にしたがえば原告は、通行地役権取得登記前に承役地たるA地の所有権を取得した被告に対し、右地役権を対抗しえないこととなる。しかしながら、対抗できないとの意味は、第三者がこれに対し否認権を行使しうるという意味に解されるから、その否認権の行使は、信義誠実の原則に従うベく、又その濫用は許されないといわなければならない。ところが、証人高沢勝夫の証言、原被告各本人尋問の結果によれば、被告は、亡父常知、亡母クメの生前からA地上の建物(別紙略図参照)に同居し、父母の没後も引き続き右建物に居住し、妹である原告がA地上の本件通路を開設以来永年に亘り継続使用してきたことを承知していたことが認められる(右の認定に反する証拠はない。)から、被告は、本件A地上の承役義務の負担を熟知のうえA地所有権を取得したものであることが肯認できるにもかかわらず、自己がその所有権者であることを奇貨とし、原告の通行地役権を否認しようとするのは、まさに信義則に反し許されないところといわなくてはならない。まして、さきに認定したとおりA地は、B地のために相隣関係による囲繞地通行権を容認しなければならない立揚にあることが認められるから、被告の否認行使が権利の濫用となることは明らかである。もつとも証人中川リウ子の証言及び被告本人尋問の結果によれば、原告は夫の転任により盛岡市に転居するに際し、本件建物を被告の知らない他人に貨したため、見ず知らずの他人がA地内の本件通路を自由に出入りし、通行者において被告方の迷惑も顧みないような振舞があつたりなどして、被告の感情を害したり、生活上多少の不安を感じさせるようなこともあつたのに、原告が本件建物の管理について相当の注意を払わなかつたことが認められるから、被告が、本件通行地役権を否認しようとする動機は、全く理解できないわけではないけれども、右の事実は、本件全証拠によるも普通の社会生活上認容できないほどのものとは認め難く、かりに右の事情を考慮にいれても、原告の夫が再び福島市に帰任し、原告が本件建物の使用を始め、被告の危惧するような事態が去つた現在の事情のもとでは、通行地役権の否認は、叙上の理由からして許されないところであるし、ことに、証人高沢勝夫、同丹治斎、同丹冷峯吉の各証言及び原被告本人尋問の結果によれば、もともと本件紛争は姉妹である原被告間相互の年来の感情疎隔に基因するものであることが認められる以上報復的意図すら窺える被告の本件否認権行使は、とうてい正当なものということはできない。それゆえ、被告は、原告の本件通行地役権を否認しえず、承役地の取得者として原告の通行を容認すべき義務を負う。

以上のとおり、被告に対する原告の通行権確認の主張は、その第一次的請求原因たる通行地役権の主張においてすでに理由がある。そうして、被告が本件通路上に主文第二項掲記のトタン塀を設置したことは当事者間に争がないところであるから、右の通行地役権に基づき妨害の排除を求める原告の主張もこれを肯認すべきである。

よつて、原告の第一次的請求及びこれに基づく妨害の排除請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴第八九条を、仮執行の宣言につき同第一九六条を各適用して主文のように判決する。

(裁判官 橋本享典)

(別紙)略図〈省略〉

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